生きることを修行と考える方が幸せだ

人生は楽しくするものだ、幸せになるものだという視点で生きると、平凡な毎日はとてつもなく退屈な日々となる。幸せや成功の度合いを人と比較して、安心したり、妬んだり、自己卑下したり、焦ったり・・・なんだか幸せからどんどん遠ざかるような気がする。しかし、人生は修行の場だ!修行(成長)したくて生まれてきたのだと考えると、平凡な毎日は「え?修行なのにこんなに楽しちゃってもいいんすか」てな感じに変貌する。スタバのカフェラテを飲んでるその時間すら修行なのだ。ライン漫画を読んでるその時間すら修行なのだ。修行がこんなに甘くてよいのだろうか。仕事でチャレンジしたが「なんやかんやでスムーズにいかないな・・・・大丈夫かこれ?」という時すら「まっ、人生修行だし上手くいかないこともなくちゃ修行にならないかもねっ!」と人生を楽観視できるものだ。どうにもならなかったら、「頑張ってみたが失敗して無職になった。今度は違う方法を考えよう。何しようかな?死ぬまでにもう少し人の役に立てればいいが」でいいのだ。だって修行だもん。元々大変な修行をしに来たと思えば、多少なりとも深刻にならずに“人生そういうものなのだ”で済む。上手くいこうもんなら大分幸せを感じることもできるし、わざわざ人と比較して一喜一憂する必要もない。(全く同じ能力で同じ環境、同じスタートなどないのだから本来比較出来るものもなければする意味もないのだが)

幸せなんぞ求めない方がよっぽど幸せになれる・・・というか気づけるもんだと思う。